ブルース・リーの特徴の1つとして有るのが黄色のトラックスーツを着て格闘しているシーンだとおもいます。
しかしながらカンフーと言うと元来は黒い上下の服や白黒の上下のカンフー服がメージャーだとおもいます。
現実ブルース・リーの映画ではカンフー服を着ていたり、上半身裸で下だけ履いていたりと言う姿が多かったとおもいます。
ではあの黄色のトラックスーツは何故来ていたのでしょうか。
トラックスーツを着ていたのは「死亡遊戯」と言う映画でした。
有る人がブルース・リーの正統哲学伝道者であるジョン・リトル氏に聞いてみたそうで、その話をちょっとまとめてみたいとおもいます。
「死亡遊戯」にはコンセプトが有ったみたいです。
生前、ブルース・リーがこの映画で利用する予定だったコンテが残っているそうで、それによると「あの雪原に1つの木が有る。
その木の枝にはいっぱいの雪が積もっていて、とうとう重量に耐えきれず枝ごと落ちてしまいます。
その近くには若い柳の木が有り、折れた木と同じ様に枝にいっぱいの雪が積もっています。
しかしながら柳の木は柔軟性が有り、枝がしなります。
雪の重量でしなった枝は折れることなく見事雪だけを落とすのである。
」と言う物でした。
ブルース・リーはカンフー映画だからと言ってカンフー服で無ければならないと言う常識やしきたりに捉われず、何にでも対処出来る様にと言うゆえん合いを込めてトラックスーツにした。
と言う事らしいのです。
本人が言っていた訳ではないので真偽のほどは定かじゃありませんが、ブルース・リーの確かな新年の元でトラックスーツを着る事にしたのは間ギャップなさみたいです。
何故ブルース・リーのトラックスーツは黄色なのでしょうか
『死亡遊戯』でブルース・リーが着ていた黄色地で黒の線が入っているトラックスーツはすさまじくインパクトがあり、ブルース・リーと言ったらその姿をおもい浮かべる人は沢山とおもいます。
では何故、トラックスーツは黄色だったのでしょうか。
実はこの事に関連して明確な意見と言うのは無いみたいです。
しかしながら多彩な意見や憶測はいっぱい有りますので、その意見を挙げてみたいとおもいます。
先ずは死亡遊戯が公開された当初から言われている説に対してですが、映像の色合いに因る物だみたいです。
ブルース・リー映画の映像では薄暗い感じが多く、映像だけ見てみると「黒」と言った想像になります。
そこで主演のブルース・リーを目立たせるゆえん合いとして黒に映える色を考えてみたら「黄色」だったと言う事らしいです。
そして黄色いスーツの脇に存在する黒のライン、これはブルース・リーの機動をよりインパクト有る様にシャープに見せる様に入れられたと言われています。
この効き目が映画ではきちんと出ている様で、映像の何処にブルース・リーがいても黄色いスーツが目立つので分かりますし、遠くにいても黒の線が動くのでボディーの機動も把握しやすくなったのです。
汗や流れた血もキレイに映り、映像効き目を高めていた様です、。
ブルース・リーが着ていた黄色いトラックスーツは、その時代の時は奇抜だったのかも知れませんが、よく考えてみると見ている側のわたしたちにも分かり易い様にする目的で着たのではないかと言う説が有力の様です。
ブルース・リーの映画の声は本物ではない?
香港映画に限った話ではありますが、香港映画では俳優さんと言う演技を行う人とその声を演じる声優さんと言う様に担当割がされていたみたいです。
その原因の1つとしては騒音に存在する様で、中国は実に人口が沢山ので街中は常に騒音が鳴り響いている状況でした。
その為、録画と声録りを同じ時に行なうと言うのはたいへん困難だったみたいです。
また香港は当時イギリス領でした。
その時の傾向として映画で使われる音声は広東語ではなく北京語にしなければならなかったそうで、必然的に吹き替えをしなければならなかったのです。
その為、香港映画の資本だけで創られていたブルース・リー主演の映画もその例に漏れず、ブルース・リーの声は入っていないみたいです。
ブルース・リーの声が入っている主演映画は『燃えよドラゴン』だけになりますが、これは香港とハリウッドと共同資本で製作された為、声が入っているみたいです。
そう考えるとすさまじく貴重な映画と言う事になりますね。
でも香港資本の映画であってもブルース・リーの声を聴く事が出来ると言うのです。
それがあの「アチョー」と言う怪鳥音です。
俳優と声優が分かれているワールドですので真偽の程は定かじゃありませんが、当時、録音現場にブルース・リーが立ち会うと言った光景は結構有った様で、怪鳥音を投入していたとしても不思議はなかった様に感じます。
また映画の効き目音も担当していたと言う話も残されています。
今はあの『燃えよドラゴン』でさえ一部音が欠けているところが有るらしく、そこが吹き替えられているやうですのでガッカリですよね。
出来ることなら本人の声をききたかったと、今の技芸でなら可能だったかも知れないのにと悔やまれてなりません。
ブルース・リーの拳
武術や格闘技をしている人は拳が凄い形になっている事が有ります。
ブルース・リーも同様でグリーン・ホーネット時代は凄かったみたいです。
これは拳ダコと言う物だみたいです。
この時に有るレポーターに拳ダコの事に対して質問された事が有るやうですが、冗談混じりで答えていたみたいです。
現実はサンドバックを何千回も叩いて作った拳ダコなのだみたいです。
そしてこのレポートの後、ブルース・リーの基に少女が寄ってきたのを茶目っ気ある対応で応対していたみたいです。
ブルース・リーの人柄が分かるエピソードですよね。
そういったブルース・リーは体中を鍛えていたやうですが拳も特に鍛えていたやうです。
そういった拳エピソードが有ります。
ある録画現場を訪れる際、フライト機で移り変わしていたのですが結構フライト時間が長かったやうですのです。
乗っている間ブルース・リーは肘掛けに拳を叩きつけてずっと拳を鍛えていたみたいです。
伴に乗っていた人が暫くは我慢したみたいですが、気になって眠れなくなっちゃったのでブルース・リーに拳を肘掛けに叩きつけるのを止めてくれる様に頼んだみたいです。
ブルース・リーの本質的な行動として、自分が納得するまではくり返して行動したケース言う特徴が有ったみたいですので、拳を常に鍛えたいと言うブルース・リーのちょっとした一面が見えたかも知れませんよね。
ブルース・リーは拳だけじゃなくって背中の筋肉も凄いです。
妥協せずに鍛練したからこそあの肉体が出来上がったのですね。
ブルース・リー考案の截拳道(ジークンドー)
ブルース・リーが考案し、多くの映画で披露されている格闘術が截拳道(ジークンドー)です。
元々ブルース・リーは細かい手技が主体の格闘術である詠春拳をワシントン大学にて教えていたのですが、相手から受ける攻撃(拳)を断つ、遮る、防ぐ(截)道として截拳道(ジークンドー)を自ら考案しました。
ジークンドーには空手やムエタイやテコンドーの道から豪快で有効な技を取り投入して、柔道、ボクシング、剣道等の技芸を元々の詠春拳とMixさせていき、より一層そこに哲学の思想を取り入れたと言う、まさにブルース・リーオリジナルの武道を完結させたのです。
特徴としては武道に存在する「型」を用いなかったと言う事です。
つまり思想に基づいて技芸や手法を出していくと言う物だみたいです。
今で言う総合格闘技と言えるとおもいますのでブルース・リーは先駆けて総合格闘技を世に送り出した人物と言えるのです。
今でもジークンドーは受け継がれています。
ブルース・リーが32歳と言う若さでこの世を去った後、事実上の後継者とされているダニー・イノサントがインストラクターの免状を受けて、近頃でもブルース・リーの志向を継ごうと若い世代の人達に指導をしている様です。
今ある武道を基にして、色んな手技や技芸、思想等を取り投入して、オリジナルの武道を考案し、極め、そして多くの人達から愛される様になった截拳道(ジークンドー)はブルース・リーの生き様そのものだったのではないでしょうか。
映画を願わくは見てみて、ジークンドーの凄さを経験してみては如何でしょうかでしょうか。